軍需重視の戦略転換 3
目的のために江沢民講話をはじめとして、91年3月以後この数か月間にわたる『解放軍報』は、軍民の協力を謳っていました。
なかにはアメリカ式の産軍複合体(コングロマリット)の形成こそが緊急に必要であると主張するものまでが現れるようになってきています。
つまり、軍事部門以外の産業部門を軍事面に結合して支援体制を形成するということです。
その場合には現在の中国に、このような目的にかなうだけのハイテク産業が存在するのかという点が、当然問題になります。
中国はこの間、1986年3月に、ハイテク技術について「863計画」と呼ばれる技術発展研究5力年計画の実施を決定していました。
この計画は当時、党中央軍事委員会主席だった郵小平が王大桁ら4名の科学者へ呼びかける形で始まったものです。
同計画は91年3月末に終了し、計画の所期の目的は達成されたとの発表がなされています(『解放軍報』1991年4月20日付)。
・・・ただこの計画は、あくまでなお技術研究開発面の努力に目的を限定したもので、直接、ハイテク産業を育成するものではなかったのです。
この点、88年まで趙紫陽によって推進されてきた改革開放政策では、基本的に資本集約的な先進部門とりわけ最先端のハイテク産業部門の育成や導入は、コスト・人材面などの制約から抑制される傾向がありました。
その半面、積極的に育成されたのは安価な労働力に富むという中国の優位性を生かして、労働集約的な組立・加工工業、おもちゃ、アパレルなど紡績・繊維部門、その他軽工業部門で、これらをもっぱら輸出向けに育成し、外貨を獲得することに力を注いできたのです。