軍需重視の戦略転換 4
前回のべたのは、いわゆる輸出主導型発展戦略と呼ばれるものです。
韓国、台湾、香港などNIES(新興工業経済地域)諸国が60年代から70年代にかけて採用し、急速な経済発展に成功を見てきた戦略でした。
しかし、88年7月に中国経済が消費過熱から、1か月だけで18パーセントを超える物価上昇を起こして悪性インフレ気配を強めた結果、趙紫陽の経済政策に対する批判が強まりました。
早くも8月には経済政策の実権が趙紫陽から剥奪され、李鵬と挑依林の手に移る勢いとなっていました。
・・・こうした最中に、新たに登場したのが同年8月に党中央・国務院が連名で提起した「《たいまつ》計画」と呼ばれる新計画でした。
この計画の本旨は、ハイテク技術に関して従来のように単に技術研究・開発に重点を置くだけでなく、さらに自前でハイテク商品の生産に踏み切り、そのためにハイテク産業の育成発展の推進をめざす戦略に移行するというものでした。
むろん中国のハイテク産業は、こうした計画にもかかわらずインフラ(基盤施設)の不足や技術者不足、資金不足などもあって目下のところ到底、自前で成り立つような状況にはありません。
しかし、こうした計画がすでに決定され実施に移されていたということが、現在、湾岸戦争のあおりを受ける形で産軍複合体構想までが登場する背景になったこともまた確かです。