<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>見聞感ブログ</title>
      <link>http://concomp.com/</link>
      <description>2chの各板の看板やオペラの聖地</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Sat, 14 Jan 2012 13:34:41 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>迷信の作物</title>
         <description>誰かが、マメの根には薬効があると言いました。


また葉も薬になると言いました。


茎は炭にすると薬になるとも言いました。


一つの作物のさまざまな部分に、神秘な効き目のあることを信じました。


そして、各部分におこる小さな変化を目ざとく察知しながら、この迷信の作物を育てていきました。


野生のダイズ、ツルマメは日木列島を東端として、朝鮮半島、中国の東北部、河北省、山東省、湖北省、そして一部はヒマラヤ地方まで分布しています。


いつも人間の生活圏内を放浪している野生植物です。


しかし人間が手を差し伸ばしたら、すぐ作物になるかというと、そうではありません。


そこには、野生型と栽培型との間に横たわる、大きな較差を思い知らされるのです。


</description>
         <link>http://concomp.com/2012/01/post_31.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2012/01/post_31.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 14 Jan 2012 13:34:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>組織に属するとき　5</title>
         <description>たしかに今は低成長で物事にチャンスが少なくいちど失敗すると取り返しがつかないものです。


高度成長の時代だと仕事や商売も次から次へ湧出してきて、一つのことで失敗してもすぐリカバリーできました。


いまは失敗できないので、失敗しない心がけだけが先行しています。


しかし&quot;安全&quot;だけにスティック(固執)していたのでは進歩がありません。


「こういう時代には積極的にやっていても失敗しないだけの自然体というか、そこまでの修練と能力涌養が必要だね」


・・・先輩は塀の外にまで枝を張ったコブシの白い塊りを窓越しに眺めながら、機嫌よく言葉を結びました。


「今日のお話は経営者の心がけというより、老いも若きもサラリーマン全般に役立つ哲学だとおもいます」


私は手帳を閉じて内ポケットにしまうと、お茶をすすりました。


先輩の話で興奮した喉ごしに、冷たい番茶がいたって気持ちよかったです。



</description>
         <link>http://concomp.com/2011/12/5.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/12/5.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 01 Dec 2011 14:25:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>組織に属するとき　4</title>
         <description>馴染の店で変なものをつかまされたり、高いものを買わされると極めて不愉快ですが、一見の店で失敗しても仕方がないと諦められます。


新しい試みなら失敗してもともとだし、ひとから非難されたりモノ笑いになることもありません。


道だって未知のルートなら珍しい掘出物にめぐりあうかもしれないし、新しい発見があるかもしれません。


たとえ迷ったり、行き止まりであっても一つの経験がふえることだけは確かです。


自分のできることだけに閉じこもるのは損で発展性や可能性を自分で摘むようなものです。


気楽なほうへ、馴れたほうへと過去の実績にしがみついていたのでは発展がありません。


「そんな生活なら、思いきって捨てたほうが新しい展開が期待できて、人生がビビッド(生き生きする)になるだろう」


</description>
         <link>http://concomp.com/2011/11/4_2.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/11/4_2.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 20 Nov 2011 14:24:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>組織に属するとき　3</title>
         <description>借金は期限前でも返済する。


飲み屋のツケは請求書がきたらすぐ払う。


どうせ払わなければならない税金ならできるだけ早く納税をすませる。


断わりや謝りにいかなければならないことはさっさとかたづける。


逃げられないことややらなければならないことはどんどん決断し、早く処理してしまう。


・・・このほうが心に負担が残らないだけでもいいのです。


「とくに好ましくないことはいつでも心の隅に引っ掛かっていて気が重いが、思いきってかたづけてしまうと、すうっと心が軽くなる。


こういう経験は誰でも持っているだろう」



「あれもすんだ、この仕事もかたついた、と思うのは実にいい気分ですからね。


さあ次の仕事もかたづけるぞ、という新しいファイトも湧きますしね。


社長業にはとくにその気分の軽さが必要なんでしょうね」


「それとともに気分の積極性だね。


ボクは昔から、どっちでもいいことなら未知のほうをとることにしています。


商売は別だが個人の買物のときなど、できるだけ初めての店で買う。


レストランなんかでもそうだ。


昼食など近いところで手っ取り早くというときには行きつけの店でということももちろんあるが、そのほかは行きつけの店や馴染の店というのはすくないね」


</description>
         <link>http://concomp.com/2011/10/3_3.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/10/3_3.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 13 Oct 2011 14:23:57 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>組織に属するとき　2</title>
         <description>先輩は物理学者で南極越冬隊長だった西堀栄三郎氏の話をしました。


西堀栄三郎氏はアイディアの発想法として、ひとがなにかの意見をいったとき、いきなりイエス・ノー、あるいは是非善悪、良否の判断をせず、いちおうは&quot;それもええな&quot;で受けることにしているといいます。


是非善悪の結論をだしてしまえば、すべてはそれで終わりですが、いちおう&quot;それもええな&quot;で受けると、今度は&quot;それが何故ええのか&quot;という理山を自分でも考えなければならなくなります。


・・・ここに思わぬ発想が生まれてくる可能性があります。


人間はどうしても自分の型にはまった固定的な考え方をしがちです。


あるいは慣れた手順で何回も洗練されて安全を確かめられている方法、時には先入主や思い込みでしか仕事をしません。


こういう次元からは新しいアイディアや独創性は出てきません。


・・・ところが他人から思いもかけない意見をだされ、それを思考の出発点とすると、そこから発想の芽が生じ、それを育てていくと思わぬアイディアに至るというのが西堀氏の&quot;それもええな&quot;理論です。


「部下の意見をフランクにきくというフレキシビリティのあるうちは経営者としても大丈夫でしょうが・・・」


「それもあるが、ボクは昔から物事は早く処理してしまうに限ると思っています。


それが経営者としても精神衛生上いいことだとおもうね」

</description>
         <link>http://concomp.com/2011/09/2_5.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/09/2_5.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 10 Sep 2011 14:22:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>組織に属するとき</title>
         <description>&quot;効果的な人材登用を行うため、仕事を分割し、長に応じた組織規模にする&quot;


&quot;他人のメシを食ったり、子会社なら経営者として出向してこそ企業人として完成する&quot;


&quot;地味な経理や事務部門にくらべて、派手な営業が引退時はいちばん寂しいと覚悟せよ&quot;


&quot;人間常に生き生きと真剣に取りくんでおれば、デビル(悪魔、厄病神)のほうが逃げる&quot;


&quot;サラリーマンは時として脇役に徹することも必要。漁夫の利を占めるのは常に脇役&quot;


「・・・まだまだたくさんありますが、これらのうちで先輩自身がいちぽん気に入っていたのはどれですか」


「いちがいにはどれが好きだとはいえないが・・・


さきほど&quot;社長の辞める時&quot;という項目があったが、社長は絶対権者なんだから、誰からも辞めさせられない・・・


それだけに自分なりの辞める基準なり潮時、あるいは徴候なり条件なりを予め設定しておくことが必要だろうね」


「たしかにそれは社長にかぎらず、独立独歩の自営業や政治家など名誉職の入にもいえますね」


「たとえば統率者の要件として、細かいことに口出しせず、要所要所を押さえ、指示や命令に一貫性をもつ。


あるいは部下の意見をフランクに聞くなどの条項があるが、その一つにでも反するような言動がでてくると要注意だね」




</description>
         <link>http://concomp.com/2011/08/post_30.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/08/post_30.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 07 Aug 2011 14:17:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>シンデレラと時計の話　2</title>
         <description><![CDATA[そうした約束をヨーロッパの人びとがスムーズに受け入れてきたとすれば、それはヨーロッパのどんな時代なのでしょうか・・・。


これが私の「シンデレラ物語」に対する素朴な疑問です。


・・・それでは「シンデレラ物語」はいつごろの話なのでしょうか。


この話は元来、「眠れる森の美女」「赤ずきんちゃん」などとともに、17世紀フランスの作家シャルル・ペローが民話から取材した童話の一つなのです。


岩波文庫からも『ペロー童話集』が出版されていますね。


それをみると、「シンデレラ物語」は「サンドリヨンまたは小さなガラスの靴」と題して収められています。


その書き出しは、「むかし、ひとりの貴族がいて・・・」となっています。


ペローが『ペロー童話集』を編集出版したのは1697年のことですから、「むかし」といえば、常識的にみて当時の人びとが生まれる以前・・・


つまり少なくとも17世紀以前のことを指すと考えてよいでしょう。


<a href="http://www.smart-time.net/?mode=cate&cbid=769585&csid=0" target="_blank">D&G 時計</a>が生まれるずーっと以前の話ですね。


]]></description>
         <link>http://concomp.com/2011/08/2_7.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/08/2_7.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 01 Aug 2011 18:56:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>シンデレラと時計の話</title>
         <description><![CDATA[シンデレラの話で私がとくに興味をひかれるのは、時間を守るという仙女との約束です。


しかもその約束には、約束の時間に1分でも遅れると魔法が切れるという、きわめて厳しい罰則がついていた点です。


1分でも遅れてはならないという厳しい時間の約束であれば、その時間の客観的な正確さを保証するものがなければなりません。


それを保証したものはいったい何であったのでしょうか？


シンデレラの話ではそれは機械時計ということになっていますが、当時の機械時計はほんとうに正確な時間を刻んでいたのかどうか・・・。


まだ<a href="http://www.smart-time.net/?mode=cate&cbid=769585&csid=0" target="_blank">D&G 時計</a>のような腕時計などがなかった頃の話ですよ。


またその時間がみんなの共通の時間になっていたのでしょうか。


現代のように時計が広く普及して、すべてのものが共通の正確な時間で秩序的生活をしている時代でも、集合時間に遅れてくるのは日常茶飯事です。


・・・そのことを考えると、シンデレラのお伽話が、厳重な時間の約束を中心に構成されていることの社会的意味は重要です。


]]></description>
         <link>http://concomp.com/2011/07/post_32.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/07/post_32.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 21 Jul 2011 18:54:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>軍需重視の戦略転換　4</title>
         <description>前回のべたのは、いわゆる輸出主導型発展戦略と呼ばれるものです。


韓国、台湾、香港などNIES(新興工業経済地域)諸国が60年代から70年代にかけて採用し、急速な経済発展に成功を見てきた戦略でした。


しかし、88年7月に中国経済が消費過熱から、1か月だけで18パーセントを超える物価上昇を起こして悪性インフレ気配を強めた結果、趙紫陽の経済政策に対する批判が強まりました。


早くも8月には経済政策の実権が趙紫陽から剥奪され、李鵬と挑依林の手に移る勢いとなっていました。


・・・こうした最中に、新たに登場したのが同年8月に党中央・国務院が連名で提起した「《たいまつ》計画」と呼ばれる新計画でした。


この計画の本旨は、ハイテク技術に関して従来のように単に技術研究・開発に重点を置くだけでなく、さらに自前でハイテク商品の生産に踏み切り、そのためにハイテク産業の育成発展の推進をめざす戦略に移行するというものでした。


むろん中国のハイテク産業は、こうした計画にもかかわらずインフラ(基盤施設)の不足や技術者不足、資金不足などもあって目下のところ到底、自前で成り立つような状況にはありません。


しかし、こうした計画がすでに決定され実施に移されていたということが、現在、湾岸戦争のあおりを受ける形で産軍複合体構想までが登場する背景になったこともまた確かです。

</description>
         <link>http://concomp.com/2011/07/4_1.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/07/4_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 20 Jul 2011 18:30:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>おすすめかもしれない映画</title>
         <description><![CDATA[こんにちは。


今日は、『鍵　（THE　KEY）』という映画について書いていきたいと思います。


この間、<a href="http://www.rental-station.jp/" target="_blank">プロジェクター レンタル</a>をしてこの映画を観たので。


谷崎潤一郎の『鍵』は、最近の川島なお美が主演した作品以前に3回も映画化されています。


時代を超えてウケるものはエロしかないのか、特に日本映画では・・・。


最初の市川毘作品、2度目の神代辰巳に続き、3度目のこの作品は60年代から成人映画一筋に撮り続けた木俣尭喬が監督。


さて、死に様・・・。


多少なりとも美学を学んだ男ならば、考えずにはおれない美の最終作品です。


"前のめりの姿勢で死にたい"


"家族に見守られながら、妻の手を取り、おまえのおかげでいい人生だった、おまえ百までワシャ九十九まで"・・・。


そして、どの場合も「悔いを残して死ぬ場合」と「大往生」とがあります。


『鍵』におけるファンファンの死に様。


ボケと戦うためにSEXしまくる彼。


今際の時、ファンファンは泣きながら、奥さんの乳にしゃぶりつきます。


そして、全裸の嫁(松尾嘉代)はファンファンにポラロイドカメラを手渡し、大股を開きます。


最後の力をふりしぼって彼はシャッターを押すのです。


暗い寝室にストロボが光り、ファンファンは息絶えます。


・・・男の死に様ですね。


しかし、出来上りのポラを見ずに絶命した彼に悔いはなかったのでしょうか？


微妙な所ですね。


命を賭けてビラビラ写真を撮る男と、葬儀の日に喪服でオナニーしまくる妻・・・。


男と女の美学は死線を越えても融合しあうことはないのです。



]]></description>
         <link>http://concomp.com/2011/06/post_34.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/06/post_34.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 15 Jun 2011 13:26:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人に愚く動物</title>
         <description><![CDATA[人に愚く動物は狐・犬・蛇という名がついていても、動物園などにいるそれらの動物と同じではない。


たとえば、人狐の一種であるクダ狐は「此の狐至って小にして馳の如し」と『甲子夜話』に書かれています。


また、犬神についても「大きさ米粒ほどの狗なり。


白黒ある斑の色々あり」(『伽埠『)などと説明されます。


興味深いのは、どの霊獣も小さいと説明されることで、戦後の報止旱・も老婆がクダ狐をマッチ箱に入れで持ち歩いていたというのがあります。


では、それらの霊獣は狐や犬とは無関係の生き物かというと、そうでもないらしい。


普通の狐や犬が、ある特殊な過程を経ることによって霊獣に変化するとも考えられていたようです。


さて、世の中には色々な占いがありますが、個人的に、<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話占いならココ</a>だと言うところを知っています(*･ω･)ノ

]]></description>
         <link>http://concomp.com/2011/06/post_33.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/06/post_33.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 09 Jun 2011 14:20:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>軍需重視の戦略転換　3</title>
         <description>目的のために江沢民講話をはじめとして、91年3月以後この数か月間にわたる『解放軍報』は、軍民の協力を謳っていました。


なかにはアメリカ式の産軍複合体(コングロマリット)の形成こそが緊急に必要であると主張するものまでが現れるようになってきています。


つまり、軍事部門以外の産業部門を軍事面に結合して支援体制を形成するということです。


その場合には現在の中国に、このような目的にかなうだけのハイテク産業が存在するのかという点が、当然問題になります。


中国はこの間、1986年3月に、ハイテク技術について「863計画」と呼ばれる技術発展研究5力年計画の実施を決定していました。


この計画は当時、党中央軍事委員会主席だった郵小平が王大桁ら4名の科学者へ呼びかける形で始まったものです。


同計画は91年3月末に終了し、計画の所期の目的は達成されたとの発表がなされています(『解放軍報』1991年4月20日付)。


・・・ただこの計画は、あくまでなお技術研究開発面の努力に目的を限定したもので、直接、ハイテク産業を育成するものではなかったのです。


この点、88年まで趙紫陽によって推進されてきた改革開放政策では、基本的に資本集約的な先進部門とりわけ最先端のハイテク産業部門の育成や導入は、コスト・人材面などの制約から抑制される傾向がありました。


その半面、積極的に育成されたのは安価な労働力に富むという中国の優位性を生かして、労働集約的な組立・加工工業、おもちゃ、アパレルなど紡績・繊維部門、その他軽工業部門で、これらをもっぱら輸出向けに育成し、外貨を獲得することに力を注いできたのです。

</description>
         <link>http://concomp.com/2011/06/3_2.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/06/3_2.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 05 Jun 2011 18:29:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>軍需重視の戦略転換　2</title>
         <description>中国が冷戦後の数年、兵器の近代化のために充ててきた予算額は、およそ30億元(約750億円)にすぎません。


この面では絶対額において中国を上回る軍事費を擁する日本のほうが、はるかに有利ということになります。


むろん日本だけでなく、先進諸国一般に比べて、中国が抱える条件が不利に働くことは否めないでしょう。


ただ、3月26日の全人代の席で、王丙乾財政相が行った説明では、国防費の増額の主要な用途は武器・装備の増強だとしていることからすれば、91年以後の兵器近代化に充てられる予算額は、30億元を大幅に上回るものになるでしょう。


実際、中国は91年に入って湾岸戦争が勃発してのち、特にアメリカを中心とした多国籍軍が圧倒的なハイテク兵器を駆使して、イラク軍に完勝を収めたことに衝撃を受け、急速に先端技術を軍事面に応用する必要性を力説するようになってきました。


たとえば3月20日付と31日付の軍機関紙『解放軍報」は、トップに江沢民総書記兼中央軍事委員会主席のこの点を強調した講話を載せています。


20日付の江沢民講話は湖南の解放軍部隊を前にして行ったもの、また31日付講話は3月の全人代の開催中に解放軍の代表を一堂に集めて行ったものです。


まず現下の世界情勢がきわめて不安定であり警戒心を高める必要があることを指摘しています。


それとともに、現代の戦争が高度な技術戦、立体戦、電子戦、ミサイル戦であることから、軍の武器装備をハイテク化によって緊急に強化すべきであると訴えたものでした。


しかし、そのためには現在の規模の軍事費予算では、十分に目的を達成しえないことは明瞭です。

</description>
         <link>http://concomp.com/2011/05/2_4.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/05/2_4.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 30 May 2011 18:28:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>軍需重視の戦略転換</title>
         <description>中国は1991年3月の全国人民代表大会(全人代)において承認された91年度政府予算案を含め、この3年間連続で大幅な軍事費増額を計上してきています。


対前年比で、それぞれ89年度が14パーセント、90年度が18パーセント、本年度が12・2パーセントの増加となっています。


絶対額でいえば、91年度の予算額は325億元(約8125億円)で、政府歳出総額の約9・1パーセントに当たるものです。


この額は日本の防衛費予算(90年度で約4兆2000億円)のおよそ20パーセントにしかなりません。


しかし、中国人の一人当たり国民所得が約300米ドル(約4万2000円)で日本人のそれ(約2万3000米ドル)の1・3パーセントにしかならないこと、この点から軍事費に占める人件費がきわあて安価であることなどを考えれば、実質的には日本を下回るものではありません。


それにしても、ここでは日本の防衛費がGNPの1パーセント枠の中に収まっているとはいえ、額の上では決して小さくないことも知っておかねばなりません。


この点は、軍事の近代化、とりわけハイテク化を図ろうとする場合に重要な意味を帯びてくるのです。


ハイテク化には優秀な技術者(ソフト)と高価な施設(ハード)が必要とされるため、安価な人件費という中国の優位性はほとんど発揮できません。


現在の中国の条件の下では必然的に資金的な不足を来すからです。

</description>
         <link>http://concomp.com/2011/04/post_29.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/04/post_29.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 05 Apr 2011 18:27:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>非欧州世界に上がる戦火　3</title>
         <description>顧みて冷戦体制自体が、もともと第ニ次世界大戦後に米ソ両国によって欧州世界を中心に形成されたものだったことを思えば・・・


今日、脱冷戦への制度づくりが同じく欧州世界を中心に推進されているのも当然かもしれません。


しかし周知のように、戦後冷戦体制の下で、戦火なき臨戦状況としての冷戦を享受したのは、あくまで欧州世界です。


非欧州世界はむしろ間断なく戦火を浴びる熱戦をこそ強いられ続けたのでした。


・・・この事実からすれば、脱冷戦への過渡期にある現在、湾岸戦争に見られたように、非欧州世界に依然激しい戦火が上がっているのも何ら不思議とするに足りないでしょう。


・・・このように冷戦の開始とその終結はともに、非欧州世界に対して軍事的な不安定をもたらし、しばしば激しい戦火を強いるものでした。


なかでも冷戦の開始を告げた朝鮮戦争(1950～53年)が中国の参戦によって本格化したことを考えるなら・・・


現在、その冷戦終結の過渡期にあたっても、中国がどのような道を歩むかは、アジア・太平洋地域の平和を左右する重要なファクターとなるでしょう。

</description>
         <link>http://concomp.com/2011/03/3_1.html</link>
         <guid>http://concomp.com/2011/03/3_1.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 25 Mar 2011 18:26:28 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>

